
不動産取引を行うに際して、留意しなければいけない点があります。
主だった点については、契約の前に行われる重要事項説明の「取引条件に関する事項」でも説明されます。
宅地建物取引業者は契約の実態との整合性をチェックし、重要事項説明書と売買契約書の作成を行わなければなりません。
さて、売買契約では、売買代金および支払い方法等など契約に関する事項について確認をします。
一般的には、不動産取引のような高額な売買契約を豊富に経験している人は少なく、また緊張感がある状況下で行われます。
そのため、事前に準備は整えておきたいものです。
今後、売買契約をめぐる紛争になる可能性がある事項について触れていきます。
今回は、まず売買契約の約定に関する基本的事項について、お話し致します。
申込金・内金・手付金

「申込金」、「内金」、「手付金」は、それぞれ性質が異なるものであり、説明をする側はその意味を理解したうえで使い分けていますが、購入希望者はそれぞれの違いを理解せずに説明を受け、支払っていることも多いように見受けられます。
申込金(申込証拠金)
申込者がこの金銭を支払ったのちに、売主と売買契約の締結をするに至れば、契約締結時に買主が支払う手付金の一部に充当するということが多いです。
この申込金の法的性格については、売買予約の手付とみるもの、契約の申込みの条件とみるものなどの解釈もありますが、一般的にはそこまでの性格はありません。
単に、購入希望者=申込者が優先的に購入し得る権利を確保する目的で売主に交付するものであり、買主としての違約やキャンセルのペナルティが発生するものではないと解されています。
内金
要するに、買主が代金の一部について、同時履行の抗弁権を放棄して先払いするものです。
もっとも、契約締結時に内金という名目で支払われても、必ずしも内金とは限らず、手付金のこともあります。
結局、当事者の意思によって判断せざるを得ません。
手付金
手付金は、契約締結の際に手付金を交付する契約によって成立します。
手付金契約は要物契約であり、現実に授受されることによって成立し、また売買等の契約に付帯する契約ではありますが、それとは独立した契約です。
もっとも、実務では最終的に代金の一部に充当されています。
一般に手付金には、次の種類があるといわれており、具体的な取引において授与される手付金がどの性格をもつものであるかは、契約当事者の意思で決定されます。
当事者間で明確な取決めがないときは、民法では解約手付と推定することとされています(民法第557条)。
実際の取引における手付は、解約手付が圧倒的に多いからです。
もっとも、宅建業者が自ら売主となる売買契約において、宅建業者が受領する手付は、それがどのような性格の手付であっても、解約手付の性格も併せもつものとみなされます。
それによって、買主の契約関係からの離脱の道を保証しています(宅地建物取引業法第39条第2項)。
証約手付
どのような手付でも、最小限この効果はあると解されています。
違約手付
したがって、違約手付は、履行確保のための手段となる手付ということができます。
なお、当事者に債務不履行があったときは、損害賠償として手付没収、手付倍額を支払う趣旨で授受される、損害賠償額の予定を兼ねる手付を違約手付という場合もあります。
解約手付
買主(解約手付を交付した者)は、手付を放棄し、売主(解約手付を受領した者)は、手付の倍額を提供すれば契約の解除ができます。
解約手付による解除をした場合には、債務不履行による解除の場合と異なり、損害賠償の請求を別途にすることはできません。
いわゆる手付流し、手付倍返しのことをいいます。
解約手付による契約解除については、買主からの手付放棄は売主に対して通知すれば足りますが、売主からの手付倍返しによる解除については、手付の倍額を現実に提供することを要します。
解約手付による契約解除はいつまでもできるわけではなく、相手方が履行に着手した以後はできません。
この点についても、相手方が契約の履行に着手した後は解除することができないことが条文化されています。
相手方がまだ履行に着手していなければ、たとえ自分が履行に着手していても、解除権の行使ができることになります。
履行の着手の概念は、手付解除の時期的限界となるため、ある行為がそれに該当するかどうかについて裁判上争われる例が多い。
前記の最高裁判例は、一般論として「客観的に外部から認識しているような形で、履行行為の一部をなし、または、履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指す」と判示しました。
簡単に言えば、履行の準備(例えば買主が代金の融資を銀行から受けること)の段階を超えて、履行行為(債務内容を実現する行為)に取りかかること、ということができます。
具体的に判例で認められた履行の着手として、売主については、所有権移転の仮登記申請、売却を前提とした分筆登記申請があります。
買主については、売買代金の提供とともに目的物件の引渡しを求めたとき、中間金や残金を支払ったときなどがあります。
ただし、判例の傾向としては、形式的に判断するのではなく、具体的ケースにおいて、その時点における手付解除を認めることが、それまでの経過等に照らして公平かどうかを考慮して判断しているようです。
よって、画一的な説明は誤解を生じることもありますので、注意しなければなりません。
宅建業者が、自ら売主となる宅地または建物の売買契約の締結に際して手付を受領したときは、その手付がいかなる性質のものであっても、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄して、当該宅建業者はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができます。
この規定と異なる特約で、買主に不利なものは無効となります。
したがって、手付を解約手付の性質をもたないものとする特約や、手付の放棄による解約はできるが解約をなし得る期間を制限するなどの特約を設けることはできません。
解約手付による契約解除と債務不履行による解除とは、法的な性格が異なっています。
債務不履行による解除がなされるときには、解約手付として自由されていた手付は清算したうえ(一旦返還するものと取り扱ったうえ)、損害賠償によって当事者間の公平が図られます。
この場合の損害に関しては、特約がなければ実際の損害の立証が必要になり、損害賠償額の予定の特約があれば、取り決めのなされた損害賠償額についての支払い義務が生じます。
手付に解約手付の性格をもたせている場合には、手付を交付したものの債務不履行では手付が没収され、また、手付を受領した者の債務不履行では手付を返還するとともに同額を損害賠償金として支払うと取り決められることが多いです。
契約解除条項

もっとも、債務の不履行がその契約および取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、契約を解除することはできません。
また、次の場合には、債権者は催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができます。
(1) 債務の全部の履行が不能であるとき
(2) 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき
(3) 債務の一部の履行が不能である場合、または債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき
(4) 契約の性質または当事者の意思表示により、特定の日時または一定の期間内に履行しなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行しないでその時期を経過したとき
(5) (1)から(4)までのほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき
以上のような催告をしないで解除できるという特約、すなわち無催告解除の特約も有効です。
停止条件と解除条件

解除条件付き契約とは、一定の事実の発生により契約の効力が消滅する契約をいいます。
停止条件付き契約
例えば、宅地の売買において、売主と買主間で売主を請負人、買主を注文者とする同土地上の建物建築の請負契約が締結されたときに、宅地の売買契約の効力が発生する、というものです。
解除条件付き契約
例えば、買主が支払うべき代金について、ローン融資の不成立が確定したときは契約の効力が失われる、というものです。
これらの条件付き契約は、不法をなすこと、またはなさないことを条件とする場合、あるいは社会通念上不可能な事実を停止条件とするようなもの、および債務者の意思のみに係る停止条件を除き、当事者間で自由に決定し、締結することができます。
担保権・用益権の除去抹消

また、目的物件に他人に対抗できる地上権や地役権が存在するときは、買主は、それらの権利による制限を受けてしまうことになります。
したがって、契約書においては、売主は売買の目的物件について、買主の所有権の行使を阻害する一切の負担を除去抹消しなければならないことを定めるのが通常です。
この場合は、被担保債権の支払いを従来の債務者である売主が行うという前提ですが、その債務を買主が承継するという場合があります。
すなわち、買主が担保権者の承諾を得て債務を引き受けてしまう方法です。
この場合は、担保権者への支払いは買主が責任を負うことになるので、買主の買受代金は、買受けた債務額を控除した額とする必要があります。
なお、売買の準備段階においては、負担や制限がなかったとしても、売買契約の締結時点では目的物件に制限(特に差押えなど)がなされることもあります。
そのため、売買代金の最終決済の授受の直前に、登記記録の閲覧や登記事項要約書の取得等による確認を行う必要があります。
危険負担

例えば、売買契約締結後、引渡し前に目的物件である建物が類焼によって焼失したり、地震によって倒壊して、売主の建物引渡債務が消滅した場合に、買主が代金を支払う必要があるかどうかという問題です。
危険負担については、民法において、「当事者双方の責めに帰すことができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付の履行を拒むことができる」と定められています(民法第536条第1項)。
建物の売買契約が成立後、引渡しがなされる前に、建物が滅失した場合には、買主は代金の支払いを拒むことができることになります。
また、売主の債務の全部の履行が不能であるときには、買主は催告をすることなく契約を解除することが可能です(民法第542条第1項第1号)。
契約の解除は、債権者に対して債務を免れさせるための制度であって、債務者に過失がなくても解除することができるものとされています。
建物売買契約の成立後、引渡し前に建物が滅失した場合、滅失が天災事変によるものであるなどの売主に滅失についての過失がないときにも、買主は代金の支払いを拒み、かつ、契約の解除をすることができます。
売買は、これに加えて、その引き渡しがあったとき以後にその目的物が当事者双方の責に帰することができない事由によって滅失したときは、買主は、代金の支払いを拒むことができないとして、引渡しがなされていれば危険が移転するという定めが設けられています(民法第567条第1項)。
契約当事者の死亡

売買契約がいったん締結されれば、たとえ当事者の一方が死亡しても、契約の効力は失われません。
契約の締結によって、当事者には一定の権利義務が生じますが、当事者の死亡によって相続が開始され、それらの一切の権利義務を相続人が承継することになります。
死亡した者(被相続人)の有していた権利義務、すなわち売主であれば、代金支払請求権、目的物の引渡し義務、登記の移転義務、買主であれば、目的物の引渡し請求権、移転登記の請求権、代金支払義務などについて、相続人が承継します。
相続人は、相続開始のときから、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します。
買主が死亡し、相続人が複数の場合、買主の代金債務は各相続人に法定相続分に応じて分離されて帰属しますが、売主は売買代金の全額が支払われるまでは登記手続を拒むことができます。
そのため、買主の各相続人は結局登記手続を行うために、売主に対して全額を支払わなければなりません。
売主が登記手続に協力しないときには、買主の各相続人は、訴えを提起し、確定判決を得て、所有権移転登記を単独申請で行うことになります。
また、売主が死亡し、相続人が複数の場合、売主の売買代金債権は各相続人に分割して帰属し、売主の登記手続義務は、各相続人が全部を負担します。
売主の相続人の中に登記手続に協力しない者がいるときには、相続人全員ではなく、登記手続に協力しない者だけを被告として訴えを提起することもできます。
もっとも、共同相続人のうちの一部だけを被告として登記手続を命ずる確定判決を得ても、判決の効力はほかの相続人には及ばず、ほかの相続人との関係では、買主は判決による登記の単独申請はできません。
そのため、現実的には、売主の共同相続人のうちの一部だけが登記手続に協力しない場合であっても、買主は訴え提起をするにあたっては、共同相続人の全員を相手方とすることになります。
なお、売主側の共同相続の場合、目的物件を共同相続人の1人に対して相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)があり、または、共同相続人間で遺産分割協議が整い、その目的物件を取得するものが決まったときには、買主はその者を相手に移転登記を請求することができます。
契約上の権利義務を承継した相続人が、その義務を履行しない場合、または反対に相手方が義務を履行しない場合における法律関係は、通常の場合と異なるわけではありませんが、共同相続人から、または共同相続人に対して契約を解除する場合には、相続人全員から、または相続人全員に対して、解除権を行使しなければなりません。
終わりに
昨今相続問題が取り上げられておりますが、不動産を売却する動機として相続が関係することが増えています。
契約当事者が高齢である場合の取引に際しては、契約後引渡し前に、契約当事者が死亡するケースが考えられることは想定しておかなければなりません。
契約の相手方も、相続が行われた場合には、予定が大きく狂うことがあることを具体的に考えておかなければならないでしょう。
契約の条項に、無駄な約定は1つもありません。
取引を行ううえで想定されるからこそ約定し、契約を行うのです。
次回は、売買契約をめぐる紛争となる事項について、さらにお話しします。
執筆者
MIRAI不動産株式会社 井﨑 浩和
大阪市淀川区にある不動産会社を経営しています。不動産に関わるようになって20年以上になります。
弊社は、“人”を大切にしています。不動産を単なる土地・建物として見るのではなく、そこに込められた"想い"に寄り添い受け継がれていくよう、人と人、人と不動産の架け橋としての役割を果たします。